斎藤美奈子の『世の中ラボ』シリーズとして刊行されている、『月夜にランタン』『ニッポン沈没』『忖度しません』の三冊を読んだ。
雑誌連載をまとめた本。各回で話題のニュースや流行りの出来事を取り上げ、関連する三冊の本を通して論じていくスタイル。社会時評と書評のあいだのような位置づけ。
元はマガジンハウスの「ウフ.」(2006年7月~2009年5月)で連載されていたが、「ウフ.」の休刊に伴いブランクを挟んだ後、筑摩書房の「ちくま」に移転し連載続行中とのこと。『月夜とランタン』は「ウフ.」掲載分、『ニッポン沈没』『忖度しません』は「ちくま」掲載分が主となっている。2020年8月以降分は「webちくま」で読めるようだ。
各書の内容、章立て、トピックを簡単に整理すると
『月夜にランタン』で取り上げられているのは、政治面では第一次安倍政権と、民主党政権の前後。他の二冊に比べると文化面のトピックが多く、このころブームとなった社会現象や、ベストセラーの書籍が懐かしい。
- リーダーの憂鬱
(安倍晋三『美しい国へ』、麻生太郎『とてつもない日本』、ヒートアップする地球温暖化論争、裁判員制度、オバマ大統領就任 等) - みんな競走馬
(『愛ルケ』とナベジュン、品格本の隆興、上野千鶴子の『おひとりさま』、脳科学ビジネス本、蟹工船の流行りの理由、リーマンショック、婚活 等) - ブームのご利益
(我田引水される白洲次郎、開運おそうじ本、ケータイ小説、失笑ミシュラン、検定大好き日本人、地図帳と日本列島ランニング、仕込まれた『源氏物語』ブーム、鉄道・工場への郷愁 等)
※カッコ内は、本書で取り上げられているトピックの一部を要約。
『ニッポン沈没』の主軸は、一つが東日本大震災と福島第一原発の事故。もう一つは第二次安倍政権。政治経済社会のトピックがほとんどで、文化面は少なめ。章立てといくつかのトピックを抜粋すると、
『忖度しません』は、2015年7月~2020年7月の記事を収録。こちらもトピックはほぼ政治経済社会。新型コロナウイルスについては、番外編として二本だけ入っている。
- バカが世の中を悪くする、とか言ってる場合じゃない
(長期化する第二次安倍内閣) - 戦後日本の転換期はいつだったのか
(歴史修正主義の蔓延) - わかっちゃつもりになっちゃいけない、地方の現在地
(沖縄の実像、アイヌ民族、長崎キリシタン論争) - 文学はいつも現実の半歩先を行っている
(奇想天外な現代語訳の古事記、君たちはどう生きるか、玄冬小説、ご当地文学) - 当事者が声を上げれば、やっぱり事態は変わるのだ
(フェミニズム、Kフェミから学べること、夫婦のトリセツ、LGBTQ+) - 番外編:新型コロナウイルスが来た!
(人類の感染症史、ペスト文学)
※カッコ内は、本書で取り上げられているトピックの一部を要約。
ユーモア満載ですらすら読めるけど、割と量が多く密度も濃い。読むのに時間が掛かってしまった。斎藤美奈子の一刀両断ぶりが痛快&爽快である。なぜこれほどまでに博覧強記で、個々の出来事を縦横無尽に捉えた挙句、皮肉を効かせつつ明快な文章に落とし込めるのか、凡人には理解不能。
どんなところを面白く感じるのか、もうちょっと詳しく挙げてみると
- 出来事が表面化する前に誰が何を書いていたか(例えば、原発事故が発生する前に賛成派/反対派でどのような論陣が張られていたか)また、表面化した後にどんな傾向の本が出版されるようになったか(自論の補強に使う人、具体な処方箋を示す人、安易な感動物語の素材にする人)、そういった変化を流れで捉えられる。
- 「あのころあんなことがあったな」と懐かしく思うと同時に、現在になっても問題山積であることを認識させてくれる。
- 「そんなことわざわざ言わなくても」と言われそうなことを、忖度なく言い切ってくれる。(例えば、村上春樹『1Q84』の女主人公について<あまりに幼稚で短絡的で、もっといえばバカである>)
- 「おかしいと思うけどどう説明すればいいのか分からない」ことを、明快に示ししてくれる。(東京五輪の誘致とか)
- 「時間を割いて読もうと思えない本」を代わりに読んでくれて、さらに自分が読んでも絶対分からなかったであろう、その本の位置づけや背景まで懇切丁寧に教えてくれる。(石原元都知事の本とか)
一番楽しく読めたのは『月夜とランタン』。カルチャー関連のトピックが多かったので、庶民の娯楽にはうってつけだった。著者も三冊目のあとがきで、<いま振り返ると「このころはまだ呑気だったなあ」と思います>と書いている。
特に印象に残ったトピックは、「橋下徹が迷惑なんですけど」(『ニッポン沈没』に収録)。このお方は高村薫の時評でも迷惑がられていて、よほど迷惑な人なのだろうと察した。
「webちくま」の存在は先程知ったので、さっそく今日から追っかけたい。新型コロナ、お粗末な東京五輪、直近のアレコレ、どんな風に書かれているのか読むのが楽しみである。