あかねの日記

惰性で続けるブログ

ただの小姑

先週は母の誕生日であった。

お祝いのメッセージを送ったところ、実家で一緒にケーキを食べる姪っ子の動画が返ってきた。

めっちゃかわいい。弟に似ているのにかわいい。弟のことをかわいいと思ったことは一度も無いが、姪っ子はかわいい。お年玉をたくさんあげたい。もちろん甥っ子にもあげたい。

私は年末年始に実家に帰るつもりはないが、夫と娘は二人で行く予定である。それでもノープロブレムなのが我が実家。父親の無遠慮さと非常識さは私とは全く反りが合わないが、夫はサバイバルカントリーライフがとても楽しいようである。母は世話焼きな人なので、二人が来るのを楽しみにしている。

これは、夫がそういうのを自然に受け入れられるほど大雑把、かつ嫌なことは寝れば忘れる単純さを持ち合わせており、さらには裏がないので見た目に反して相手に警戒心を抱かせず、むしろ可愛がられやすいというお得な性格のためでもある。(誉めてる)

そういうわけで、夫にお年玉を託すつもりだ。

 

とてつもなくどうでもいい話だが、弟の歴代の彼女またはそれに類する人物は、基本ヤバめであった。ヤバさの基準や程度はまちまちだが、とりあえずヤバめだった。そもそも弟がヤバめなので、何ら不思議なことではない。

年末に帰省するたびに、私が訊かずとも母と妹はアップデート情報をもたらしてくれていた。一緒に暮らしている母はともかく、妹もそれなりに把握していたのは、私と違って弟とのやりとりが皆無ではないためだろう。放任主義の我が家だが、ヤバい奴は勘弁してほしいという思いは同じだった。たぶん。

 

そんな懸念をよそに、弟が結婚したのは全方位に自慢したいくらいの素晴らしい方であった。何でそうなったのかほんとうによく分からない。(別に分からなくてもいいが)

義妹とは会う機会も話す機会も滅多に無く、お祝いやお年玉をやり取りするくらいの関係でしかない。でもそんなものでいいと思う。お互いの本心を知る必要は無い。むしろ知らない方が良好な関係でいられる。

また、今後予想される事柄に関しては(親がボケたとか)、連絡の頻度や内容の良し悪しに関わらず、お互い最低限の役割は果たしつつ相手の生活を侵食しないというインタフェースを保とうとする意志ある限りにおいて、他のことは自由にすればよいと考えている。

幸い実家に財産(負の遺産も含め)はないと思うので、争いようがない。私は実家に未練が無いし、過疎った土地にも興味が無い。むしろそんなものを受けついでも困る。

とにもかくにも、普通のやり取りができるというだけで、それはもう素晴らしい。お互い干渉せずに暮らしているというだけで、また素晴らしい。

そして、我の強さに定評のある私が穏便でいられるのは、ひとえに義妹の人柄のお陰である。あんな両親(というか父)だなんて申し訳ない気持ちでいっぱいだが、適当にスルーしながら健康に気を付けて暮らしてほしい。

 

以上、小姑がお送りしました。