あかねの日記

惰性で続けるブログ

読書『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』

朝ドラで話題になったのは随分前になるが、やっとこさ手に取った『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』。

今年は『赤毛のアン』が登場する本をいくつか読んで、気になっていたのだ。小説だと柚木麻子『本屋さんのダイアナ』。文芸評論だと斎藤美奈子『挑発する少女小説』。他にもあったような気がする。

いきなり『赤毛のアン』を読もうったって、小中学生の頃ならいざ知らず、今の私が純粋に楽しむのはおそらく不可能。そして、あらすじを何となく把握しているだけに、気が乗らない可能性が高い。

よって外堀から埋めることにしたわけだが、それで正解、村岡花子が訳した『赤毛のアン』を俄然読みたくなった。

 

特に面白かった点を三つほど。

一つ目は、東洋英和女学校での寄宿生活において、英語だけでなくカナダの文化を叩き込まれるところ。花子の英米文学への傾倒もすごいけど、政府の要請に屈せず、骨太な教育方針を貫く夫人宣教師方もすごい。

二つ目は、花子が確かな英語力を武器として、自分の道を切り開いてゆくところ。大人も子どもも楽しめる家庭文学を届けたいという思いを胸に、コツコツと翻訳・執筆・編集・講演など様々な仕事を続け、『赤毛のアン』を世に送り出すに至っている。初心を忘れず、日々の雑事に追われながらも、自分の技術を磨き続ける。それって一番難しい。夫の会社が関東大震災で潰れて以降は、筆一本で家計を支えもしている。

三つ目は、婦人参政権獲得を始めとした女性の人権問題解決に向けて、精力的に活動していたところ。婦人矯風会については『日本のフェミニズム』に書かれていたのを読んだことがあるが、村岡花子の名前は出てこなかったと記憶している。翻訳者としてしか知らなかったので、こんな活動もされていたのかと驚きだった。そもそも、当時の女流文学者と女性の人権活動は切っても切り離せない関係か。

他にも、柳原白蓮との厚い友情や、文学界のビッグネームとの交流など、見所盛り沢山。スピード感のある展開だが、一つ一つのエピソードが濃いのでその方が読みやすいと思う。また、花子がどういう気持ちだったのか淡々と書かれているようでいて、変に感情移入させないところもまた読みやすかった。

女性が働くことの困難さや、戦時中の死と隣り合わせの生活は、先日読んだ『続 窓ぎわのトットちゃん』にも通じるところがある。

 

それにしても、HNKの朝ドラ『花子とアン』では宗教色がばっさり切り落とされていたらしいが、それでは物語の魅力が半減どころか九割減なのではないかと思う。(ちゃんと見てないのに批判)

みんなが楽しめるようにという名目で、当たり障りのありそうな要素を排除し、天真爛漫なヒロインと単純明快なストーリーに仕立て上げ、結果「違う、そうじゃない」という議論を巻き起こし、実情がより多くの人の耳に入るよう、NHKが自ら汚れ役を買って出ているのではないかと勘ぐってしまうではないか。実際、朝ドラがなければ私も本書を読んでいなかったはずだ。これからも新たなネタに期待したい。