あかねの日記

惰性で続けるブログ

まだ冬眠していないだけ?

娘に「お母さんはもう冬眠しないの?」と聞かれた。今年は大丈夫だと答えた。しかし同じ季節が巡ってくると、ふとした瞬間に寝込んでいたときの不安や苦労が実感をともなって思い出されることがある。時間が経つにつれて記憶は薄れてきているけれど、冬の生活に入ると思い出すトリガーにちょいちょい引っかかる。特に布団にくるまっているとき。

最近やる気が出ないのも、不安を思い出しやすくなっている一因かもしれない。頑張れるけど頑張っていないのか、自分がつぶれないよう頑張ることをセーブしているのか、やりたくないことから逃げているのか、自分が怠惰で面倒くさがりなだけのか、頑張りたいけど頑張れなくなっているのか、そもそも頑張りたくないのか。どれも当てはまる気がする。

去年は頑張り過ぎて頑張れなくなったけど、今は大したことをしているわけではないのに頑張る気力も頑張りたい気持ちも少ない。前と同じ方法で頑張ることはできなくなったのだと改めて思う。あの頃の私とは変わってしまった。別に変わったなら変わったで仕方ないんだけど。頑張ろうという気持ちを想起させず、習慣として自然と取り組めるようシステム化すれば進むようになるかしら。

冬眠せざるを得ない状況でないのは喜ばしいが、冬眠できればどんなにいいかとも思っている。冬眠せざるを得ないときは、一日中寝ていられるけど気持ち的には辛い。冬眠せず済んでいるときは、好きなだけ休めないけど寝ているときは幸せ。後者の方がマシだけど、冬はひたすら休みたくなる。もともと一月二月とは相性が悪いのだ。焦らずにやり過ごすことを第一にしよう。

 

今日も外出していない。引き続き不健康。朝方は掃除。天気の良い日は、昼間はエアコン無しでもいけるくらい暖かい。本当に一月かと疑いたくなる。ベランダのエンゼルトランペットが一輪咲いていた。季節外れなのか?

そのあとは『八甲田山死の彷徨』を読んだ。こういう過酷な状況からの生還みたいな本を読んでいると、自分は真っ先に死ぬだろうなと思う。最初に吹っ飛んだり、それを回避できても割と早い段階で力尽きたり、誤った判断により自爆したり、そういうイメージしか思い浮かばない。それと同時に、良きリーダーになるのは自分には到底無理だろうなと思う。私は人命が関わるような仕事には就いていないが、他人の命を預かる役割につき、その責務を全うしようとしている方々には尊敬の念を禁じ得ない。