あかねの日記

惰性で続けるブログ

猫は帰ってこない

実家の母に「米を送ってくれ」とメッセージを送ったら、「猫が帰ってこないの」との近況を得た。もう二ヶ月近くになるらしい。

歴代、実家にいる猫は半ノラで、元々ノラだったのが何となく住み着きはじめたパターンばかりだ。家の外にエサや寝床を準備したり、病院に連れて行ったりはするが、基本は外暮らし。

今回いなくなった猫は、普段はそこらの山をうろついているが、タイミングよく外で出会ったときはすり寄ってきてくれる人懐っこい猫だった。猫好きなのに猫に嫌われてばかりの夫にも懐いていたし、騒々しいであろう娘にも大人しく撫でられていた。

私が家を出たあとに居着いた猫だが、産後うつで実家に帰っていた間は一緒に暮らしていた。ご飯の時間になると外でニャンと鳴いて帰ってきたことを伝え、寒いときには家の中で暖を取り、寝るだけ寝たら外へ遊びに行く。

昼間は父も母も仕事にいっていたので、私と娘の二人で居間で過ごしていた。薪ストーブの番をしながら暇つぶしのテディベア作りをしていると、「家の中へ入れてくれ」と外でニャンと鳴き、脚を拭いて招き入れると当たり前のように隣に座り、撫でてやると満足そうにゴロゴロエンジンを噴かし、そのままスピスピいびきをかきながらフリースタイルで寝ていた。ゴワゴワした毛並みが手触り良かった。十分昼寝をすると、びよーんと伸びをしてから「外に出してくれ」と扉の前でニャンと鳴き、開けてやった隙間からするりと外に出て行く。夕方になるとまた戻ってきて、家の中でゴロゴロ。夜遅くなると外の寝床へ帰っていった。

手が掛からなくて、安定感があって、一緒にいて楽な猫だった。猫の性格もあると思うが、自分に飼育責任がない故の気楽さもあった。部屋の壁をバリバリされたり、トイレを片付けたり、遊びに付き合ったり、そういうのに自分がウンザリすることは知人の猫を数ヶ月預かってみて学習済みだ。今の暮らしでそれは想定していない。想定していたらまた違うのかもしれない。

半ノラで飼っていると、寿命の近づいた猫は帰ってこなくなる。今回の猫も十年以上は住み着いていたので、そろそろ寿命だったのだと思う。母も「もう帰ってこないかも」と言って悲しそうな様子だ。これからはいつまでもお山で遊んでいるんだよ。

私は普段一緒に暮らしていないのでそこまでの悲しさはないが、あの猫にはもう写真でしか会えないのだと思うと寂しさを感じる。でも寂しさよりも、あの時は一緒にいてくれてありがとう、という気持ちの方が大きい。

左:比較的寝相のいい状態
中:よく薪ストーブの下に入っていた
右:尻尾の先がくるんと曲がっていた